子供の頃に見た映画の思い出
私が初めて映画を見た記憶は、3、4歳の頃。
田舎であったので、小学校の講堂で母親の背中におんぶされて見ていた記憶がある。
当時は他に娯楽がなかったので、講堂は村の人でいっぱいだった。
題名までは覚えていないが、時代劇の記憶はある。
5歳の時に、隣町の小さな町に住むようになったが、そこには小さな映画館があった。
母親が時々当時の青春映画を見にいったので、小学校に入る前には映画館で映画を見ていた。
当時の映画館は、2階が桟敷となっており、小さい子供は背が低いので一階の椅子席よりも
2階の桟敷席で見ることがほとんどであった。
映画館の前には、興行中の映画の写真がガラス越しに掲示されており、それらを見るのが好きだった。
小学校に入ると、時々その掲示写真のみを見に映画館まで自転車を走らせたものだ。
小学校からは、一年に1回くらいの割合で映画館まで映画を見に行くことになっていた。
映画を見に行く日は、校庭に集合して、一人5円ずつ集められた。
低学年の時は、たしか漫画の『猿飛佐助』、『孫悟空』など、高学年では『キューポラのある町』を記憶している。
丁度、高学年の時に、『ゴジラ』がやってきたが、見に行けたのは低学年児童のみとなり悔しい思いをしたことがあった。
学校以外では、母親に無理を言って連れて行ってもらった、『赤銅鈴の助』、『月光仮面』などがある。
赤銅鈴の助では、将軍の跡継ぎをなき者とすするため、食事に毒を入れたかもしれないと確かめるために
食事を金魚鉢の中に入れるシーンがあり、入れた途端に金魚が死んでしまった場面が恐ろしくて、家に帰っても
夕食を食べるときに気になってしかたがなかった。
月光仮面では、博士が深夜に書斎で書き物をしている後ろに幽霊党の悪人がすーっと現れるシーンが怖くて
夜に机に向かっている時などは、しょっちゅう後ろばかり振り返っていたっけ。
当時、映画館は冬になると、中央にダルマストーブが置かれて暖をとっていた。ストーブなどなくても、皆、十分に厚着をして
結構暑く感じたものだ。
正月映画ともなると、映画館は満員の立ち見状態で、ひいきの俳優が出てくるたびに、全員が拍手したり歓声を上げたり
して映画と観客が一体になっていた。
映画が終わり、明るい外に出るといつも頭が痛かった記憶がある。
時々、BS放送で懐かしい映画が放送されるが、それを見ていると貴重な時間を取り戻したような豊かな気分になる。
見たことのないものでも、当時の俳優が出ていれば懐かしい。
また、『キューポラのある街』などのように当時の街の風景が描写されていると、自分の子供時代にタイムスリップできるのが魅力だ。
大切な思い出を甦らせてくれる懐かしい映画は、やはり、手元に置いておきたいですね。
懐かしいビデオ特集です。
あまりありすぎてタイトルを見るだけでも懐かしい。
もっと、もっと!
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